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栃木県の天然砥石

全国砥石産地 栃木県編

栃木県の砥石は、八溝山地、足尾山地の2地区に多く分布している。

八溝山地地区は、大田原市須賀川・上野上、茂木町上深沢の荒内砥、真岡市三谷の三谷砥。

足尾山地地区は、佐野市飛駒砥、日光市川俣

佐野市飛駒砥ついては、最後の採掘者関口氏より聞いた話戦前は複数の採掘者が居た、終戦後関口氏の父親が採掘権を入手息子達二人と採掘した。番山の数か所から採掘していた。

砥石は、採掘、加工し売り子と呼ばれる仲買人に1,000円位で卸し、売り子は10,000円で売っていた。だから売り子は蔵が建ったが、家はそれほど儲からなかった。

販売先は主に京都で鳴滝として売られていた。地元と埼玉県越生、毛呂山等へも売った。山林地方に良く売れた。

茂木町深沢の荒内砥については、京都の亀岡市の在人西田某がこの地に良い砥石があると聞き、移住して採掘を始めた。裏山の荒内山から荒内砥と名付けた。又、新内砥は他の業者が新しく採掘を始めた物だろう。

西田憲司氏は、会津砥、佐渡砥石、青根砥等でも仕入れ貨車で運んで、東京に出荷していた。憲司氏が亡くなり廃業した。

真岡市三谷では隣町茨城県桜川市の大泉砥の産する山と反対側同じ山である。物部砥、三谷砥と呼ばれ、鷺谷家の史料によれば益子町、茂木町、真岡町、宇都宮、地元物部、筑波郡、上三川、下館町、遠くは福島県まで販売していた。

(「栃木県の砥石と砥石業経営」中谷正克 歴史と文化 第18号より)

川俣の砥石は、現物はどんな物か分からないが川俣温泉の山口栄家文書によると日光細尾村の五郎兵衛が砥石山を発見、川俣村門森山沢沿いとある。今は川俣ダムの底に沈んでいる。

那須郡須賀川村白谷山・・現大田原市、菊池某氏採掘子孫存命おおよその場所は分かったが、現物は無い。藪の中で発見は難しいか?

大田原市北野上・・愛吉山砥、骨董市で地元からの業者から購入。愛吉川の上流

 

飛駒砥   


荒内砥


     三谷砥          愛吉山砥



栃木県の砥石

那須郡那須町大字湯本    砥石 大金善兵衛  第二回勧博

大田原市北野上          愛吉山  愛吉山砥

大田原市須賀川、白谷山 砥石  菊池源左衛門  第二回勧博 緑泥質輝緑凝灰岩  大日本帝国地質図 「日本鉱物産地表」服巻助太郎編纂

日光市栗山         礪材類聚  星野五郎平  明治5年  第一回勧博

日光市川俣            明治8年  「日本地誌提要」

日光市細尾町     明治10年  地名辞典・各種地図 「新日本地名索引」1993、「日本山名総覧」1999

日光市細尾町     砥材  粘岩石  伊藤幸七  第一回勧博

日光市細尾町 砥沢        粘板岩及び頁岩  大日本帝国地質図

日光市大桑町     荒・中砥石  手塚源一郎  第二回勧博

日光市今市 砥川            地名辞典・各種地図 「新日本地名索引」1993、「日本山名総覧」1999、「地名レッドデータブック」金井弘夫編アポック社出版局1994

塩谷郡塩谷町舟生           砥石  斉藤倉治 第三回勧博

鹿沼市 (旧南摩村)     粘板岩  昭和6年 

宇都宮市新里町 荒砥石  青  半田三郎治  第二回勧博

宇都宮市石井町 荒砥  元文元年  享保・元文諸国産物帳

宇都宮市砥上町 応永9年  地名辞典・各種地図 「新日本地名索引」1993、「日本山名総覧」1999 「地名レッドデータブック」金井弘夫編アポック社出版局1994

宇都宮市柳田町 荒砥  元文元年  享保・元文諸国産物帳

宇都宮市芦沼町 荒砥  元文元年  享保・元文諸国産物帳

宇都宮市下岡本町           荒砥  元文元年  享保・元文諸国産物帳

宇都宮市下ヶ橋町           荒砥  元文元年  享保・元文諸国産物帳

宇都宮市白沢町 荒砥  元文元年  享保・元文諸国産物帳

宇都宮市中岡本町           荒砥  元文元年  享保・元文諸国産物帳

栃木市大平町富田           砥石  川島淳治  第三回勧博

佐野市飛駒町     合砥  飛駒砥  珪質粘板岩 、地艶 明治23年 長原政則氏の砥石 内田21

佐野市秋山町森沢           (松ヶ窪)砥材 東京都士族牧逸馬 明治8年 第一回勧博 

足利市名草上町       文政5年 南牧村誌

足利市松田町     昭和10年

栃木市西方町真名子        中砥石・青砥 真名子石 珪岩を含む砂岩 内田22

芳賀郡茂木町深沢           粘板岩 荒内砥 1986閉山 大正13年  長原政則氏の砥石、橋本09、内田23、千葉大建築学科、地名辞典・各種地図 「新日本地名索引」1993、「日本山名総覧」1999

真岡市三谷         三谷砥 粘板岩、青黒色(青砥) 海老澤傳平 明治23年、第二回勧博、第三回勧博、長原政則氏の砥石、内田24、橋本08、千葉大建築学科、大日本帝国地質図